【保健師監修】働く人の健康を支える食事管理|食リテラシーを高め、主体的に健康を選択できる職場づくり

現代の職場において、従業員の健康管理は企業の重要な経営課題となっています。特に「睡眠」「運動」「食事」の三本柱の中でも、最も改善が難しく、かつ個人差が大きいのが「食事」ではないでしょうか。
働き方の多様化や外食・中食文化の浸透により、食事の質が個人任せになっている現状があります。しかし、食事改善は単なる栄養管理にとどまらず、メンタルヘルス、生産性向上、離職防止に直結する重要な要素であることが明らかになっています。
本記事では、食事管理を「制度」として会社側が推し進めるのではなく、従業員一人ひとりが食に関する知識(食リテラシー)を高め、主体的に健康的な選択ができる「学びと選択の文化」として職場に根づかせるための考え方と実践策を紹介します。
目次


働く人の食生活が乱れやすい理由

現代の労働環境では、様々な要因が重なって食生活の乱れが生じやすくなっています。まずは、その根本的な原因を理解することから始めましょう。
忙しさと利便性が引き起こす「簡便食」依存

近年、消費者の食に関する志向は「健康志向」「経済性志向」「簡便化志向」の3つが主流となっています。日本政策金融公庫「消費者動向調査 令和6年1月調査」によると、簡便化志向は38.2%(前回比+2.3ポイント)と3期連続で上昇し、過去最高値(令和3年1月調査37.3%)を更新しました。
働く世代にとって、手軽に・おいしく・健康的に食べられることは、食事管理を続けるうえで非常に重要な要素といえます。本コラムでは簡便な食事を「簡便食」と定義してお伝えいたします。
多忙な現代のビジネスパーソンにとって、「時間がない」「疲れている」という状況は日常的です。この結果、以下のような食生活パターンが定着しやすくなります。
- コンビニ弁当・外食・デリバリー中心の食事:塩分・脂質・糖質過多になりやすく、野菜不足が慢性化
- 加工食品への依存:インスタント食品や冷凍食品に頼ることで、添加物摂取量の増加
- ストレスによる選択の偏り:疲労時には高カロリー・高糖質な食品を選びがちになる心理的傾向
簡便食そのものが悪いわけではありません。重要なのは、忙しい中でも「より良い選択肢を知り、選べる知識」を身につけることです。
食事リズムの乱れと集中力・代謝への影響
不規則な労働時間は、食事のタイミングにも大きな影響を与えます。
- 朝食欠食の常態化:午前中の集中力低下、血糖値の不安定化を招く
- 夜遅い食事:睡眠の質の悪化、翌朝の食欲不振という悪循環
- 交代勤務・残業による体内時計の乱れ:代謝機能の低下、消化器系への負担増加
- 間食の増加:食事時間が不規則になることで、エネルギー補給のための間食が増える傾向
保健師の視点から
長時間労働では、夕食を適切な時間に食べることはできません。夕食が遅くなれば翌朝、胃がもたれていたり、空腹になっていないことなどから朝食を欠食し、ブランチのような食事でまた欠食し、夕食が遅れ、食事がさらに乱れていきます。そして、いつしか簡単に食べられるものを、適当な時間に食べるようになっているのが、今の働く人に多い食事のとり方です。
なぜこのような食事になっているのでしょうか。
忙しいだけでしょうか?
食べることに集中していますか?
おいしいと思って食事を食べていますか?
痩せることばかりに目が向いて、食事の目的や意味を忘れていませんか? 食べることは、栄養の摂取だけではありません。心の栄養も摂っていることをお忘れなく。
ストレスとメンタルの関係
食事とメンタルヘルスは密接に関連しており、職場のストレスが食行動に与える影響は深刻です。
【ストレス性の食行動変化】
- 過食傾向:ストレス発散として高カロリー食品を過剰摂取
- 食欲不振:精神的負担により食事への関心や食欲が低下
- 偏食の強化:ストレス下では慣れ親しんだ食品に依存しやすくなる
これらの食行動変化は、メンタルヘルス不調のサインである場合も多く、早期発見・早期介入の重要な指標となります。食事を「自分を整える手段」として意識づけることが、メンタルヘルス対策においても重要な要素となります。
健康経営での食事管理は「制度」ではなく「文化」
効果的な食事管理は、単に制度を導入するだけでは実現できません。健康的な食事を「選びやすくする環境」と「自分で選びたくなる意識」の両立が重要です。
また、健康施策として進める際には、従業員が楽しんで参加でき、自然と取り入れられるような工夫を凝らすことも大切です。
①環境づくり|無意識でも健康を選べる仕組み
従業員が特別な意識をしなくても、自然と健康的な選択ができる環境を整備することが第一歩です。
社員食堂・置き社食の改善
社員食堂や置き社食は、従業員が日常的に利用する食事環境です。ここでの選択肢を健康的にすることで、自然と栄養バランスの取れた食事が摂れる環境を作ることができます。
(例)
- 管理栄養士監修メニューの導入:塩分控えめ、野菜多め、栄養バランスを考慮したメニュー設計
- 栄養素・カロリー表示の可視化:選択時に判断材料となる情報を分かりやすく提示
- 季節に応じたメニュー展開:旬の食材を活用し、食事への関心を高める工夫
<健康飲料・軽食の戦略的設置>
オフィス内で手軽に購入できる飲料や軽食の選択肢を見直し、無意識のうちに健康的な選択ができるよう促します。
(例)
- 自販機・オフィスコンビニの「ヘルシー仕様」化:低糖・高たんぱく・無添加商品を優先して配置する
- 水分補給環境の整備:浄水器やウォーターサーバーを設置し、健康的な水分摂取を促進する
時間的環境の改善
どれだけ健康的な食事を用意しても、食べる時間がなければ意味がありません。制度面から食事時間を確保する取り組みも重要です。ただ単に制度を導入するだけでなく、従業員の声を聞きながら改善を重ねることで、健康的な食習慣が組織文化として定着していきます。
(例)
- 朝方勤務への働き方改革と朝食の配布:早朝勤務への行動の変化と朝早く来た従業員に健康的な食習慣形成を後押しする
- ランチコアタイムの導入:12時〜13時は会議を入れない、緊急時以外は業務を控えるルール
- フレックス制度との連動:個人の生活リズムに合わせた食事時間の確保
②知識と意識づけ|食リテラシーを育てる
環境整備と並行して、従業員が自ら食事を見直すきっかけを提供し、正しい知識を定着させる取り組みが必要です。
食育セミナー・社内イベントの充実
知識を提供するだけでなく、体験を通じて学ぶ機会を設けることで、食への関心と理解が深まります。
- テーマ別セミナーの定期開催
(例)
「疲労回復に効く栄養素」
「ストレスと食事の関係」
「生活習慣病予防のための食事術」
- 体験型イベント:調理実習、健康弁当コンテスト、栄養相談会など
- 外部専門家との連携:管理栄養士、料理研究家による実践的指導
個別サポート体制の構築
従業員一人ひとりの状況や課題は異なる。個別のサポート体制を整えることで、それぞれに最適な食事改善が可能になります。
(例)
- 保健師・管理栄養士によるオンライン相談:個人の生活スタイルに合わせたアドバイス
- 健診結果と連動した食事指導:血糖値、血圧、BMI等のリスク別個別アプローチ
- 継続サポート体制:定期的なフォローアップと進捗確認
情報発信の仕組み化
継続的な情報発信により、食への意識を日常的に保ち、従業員の参加意識を高めることができます。
- 社内ポータル・メルマガ配信:季節に応じたレシピ、栄養コラムの定期配信
- 従業員参加型コンテンツ:「今日のヘルシーランチ」写真投稿、食事日記の共有
- 成功事例の可視化:食生活改善による体調変化の体験談紹介
保健師の視点から
保健指導の現場で従業員の方々とお話ししていると、「食事を変えなければいけないのはわかっているけれど、何から始めればいいのか」「頭ではわかっているのに続かない」という声をよく耳にします。健康診断で数値が悪化し、危機感を持って相談に来られる方も少なくありません。
また、長時間労働をしていると夕食の時間がずれたり、帰宅後に食べ過ぎてしまって翌朝朝食が食べられないということがあります。食事時間を確保することも、食事環境を整えるという意味ではとても重要です。
こうした方々に共通しているのは、完璧を目指そうとして挫折するというパターンです。いきなり糖質制限や厳格なカロリー計算を始めても、仕事の忙しさや付き合いの中で続けられなくなり、「またできなかった」と自己肯定感を下げてしまうことにつながります。
この悪循環を断ち切るために、私たち保健師が大切にしているのは、小さな一歩を一緒に見つけることです。
例えば、朝食を全く食べない方にはまず、バナナ1本やおにぎり1個から。コンビニ弁当ばかりの方には、サラダを1品追加することから。こうした実現可能な小さな目標を設定し、「できた!」という成功体験を積み重ねていくことで、自然と「次はこれもやってみよう」という主体的な行動につながっていきます。
また、食事は栄養補給の手段にとどまらず、心の安定やコミュニケーションの場でもあります。美味しいと感じること、誰かと一緒に食べること、季節の食材を楽しむこと。こうした食の豊かさを大切にしながら、無理なく健康的な選択ができるよう、企業全体で環境を整えていくことが、真の意味での食事管理につながると考えています。
従業員の「主体性」を引き出す仕組みづくり

食事は個人の嗜好や文化的背景に深く関わるものです。そのため、押し付けではなく、自発的な行動変容を促す仕組みが重要です。
心理的アプローチ|強制ではなく「共感」と「小さな成功体験」
行動変容理論に基づいたアプローチで、従業員の内発的動機を高めることが重要です。
「〇〇してはいけない」ではなく「〇〇したら調子がいい」という実感を重視
健康のためだからと禁止や制限を強調するのではなく、実践することで得られるポジティブな変化を実感してもらうことが、継続的な行動の変化につながります。
具体的には、「これならやれるかな」「やってみてもいいかな」というような、日常の動線の中にある行動で達成しやすい小さな目標を設定します。そして、実際に変化を体験した人の声を共有することにより、従業員が「自分もやってみよう」と思える環境を作れるようになるでしょう。
- 小さな変化の積み重ね:野菜の小鉢や季節のおすすめなどを追加するなど、さまざまな食材を摂れるような注文をする
- 成功体験の共有:「朝食を食べるようになって午前中の集中力が上がった」などの実体験を組織内で共有
【具体的な施策例】
- 「野菜プラス週間」キャンペーン:1週間、普段の食事に野菜を一品プラスする取り組み
- 「おにぎり・豆乳またはプロテイン朝食チャレンジ」:朝食欠食者向けの手軽な朝食習慣づくり
- 「水分摂取記録」:適切な水分摂取習慣の定着を目指す記録型取り組み
チームや上司の関与|職場ぐるみで支え合う文化
個人の努力だけでなく、職場全体で健康的な食習慣を支え合う文化の醸成が重要です。
一人で健康的な食事を続けることは容易ではありません。しかし、職場の同僚が同じ目標に向かって取り組んでいたり、上司が健康的な働き方を率先して実践していたりすれば、自然と「自分も頑張ろう」という気持ちが生まれます。
こうした相互支援の仕組みとロールモデルの存在が、個人の行動変容を後押しし、組織全体の健康文化を形成していきます。
健康リテラシー研修
経営層も従業員も皆が健康に関する正しい知識を持ち、適切な関わり方を理解することで、職場全体の健康意識が高まります。
特に会社で取り組む際には、個人の健康管理としてのメッセージにとどまりやすいですが、会社で取り組む健康管理は組織で働く者としての健康管理でありその一環としての食事管理です。食事を適切に摂取することで、健康状態を維持し、安定して働くことができます。また組織としても安定した人材の維持と活躍をサポートしていくことができます。
もしも従業員がいつもと違う食べ方(食事量、食事内容)となってきたときは声掛けのサインとして受け取り、タイミングを見計らって一声かけてみてください。
- 声かけのポイント:食行動の変化をメンタルヘルスのサインとして捉える視点
- 職場環境づくり:食事時間の確保、健康的な職場文化の推進方法
チーム単位での取り組み
個人での取り組みに加えて、チームで協力し合うことで、楽しみながら継続的に健康行動を実践できます。競争ではなく協力を基本とし、お互いの小さな変化を認め合い、励まし合う関係性を築くことで、無理なく健康行動が習慣化していきます。
- ゲーム要素やインセンティブの導入など:健康的な食事選択にポイント制度を導入
- 同僚同士のサポート体制:「ヘルシーランチ仲間」「朝食習慣サポーター」など
産業保健職・保健師が果たす役割
産業保健の専門職である保健師は、食事管理において重要な役割を担います。保健師は、看護師資格に加えて保健指導の専門教育を受けた国家資格者であり、医学的知識をベースに、予防・健康増進・生活習慣改善のサポートを専門としています。企業では、従業員一人ひとりの健康課題を見極め、実践可能な改善策を一緒に考える役割を担います。
食事は個人の嗜好に深く関わるため、「いつもの生活の中でちょっとだけ変えてみる」のちょっとを一緒に考えるという視点が特に重要です。
保健師による食事サポートの特徴
保健師は、医学的知識と産業保健の実践経験を活かし、従業員一人ひとりに寄り添った食事サポートを提供します。
- 個別性の重視:その人のライフスタイル、勤務形態、勤務内容、家族構成等を考慮したオーダーメイドの提案
- 行動変容理論の活用:科学的根拠に基づいた段階的なアプローチ
- 継続的な伴走支援:一時的な指導ではなく、中長期的な習慣形成のサポート
- 他の健康課題との統合的管理:睡眠、運動、ストレス管理と連動した総合的健康支援
職種・働き方に応じた個別対応の実践
保健師は面談や相談を通じて、従業員と一緒に「その人に最適な食事の選択」を考えていきましょう。
(例)
- 夜勤者への対応:交代勤務における食事タイミングや栄養摂取の最適化
- 出張の多い営業職への提案:外食時の選択基準や出張先での健康管理方法
- デスクワーク中心の職種:間食の選び方や集中力維持のための栄養摂取法
企業においては、食事支援への取り組みを「健康経営施策の中核」として位置づけることで、メンタルヘルス、身体的健康、組織パフォーマンスのすべてにおいて、好循環を生み出すことができます。
まとめ|「食べる」を整えることは「働く」を整えること
働く人の健康を支える食事管理は、単なる栄養指導や制度導入を超えた、組織文化の変革とも言える取り組みです。
健康経営における食事管理の本質
効果的な食事管理は、従業員個人に負担を強いるのではなく、個人により良い食事管理について促し、組織全体では社員の生活習慣を支える仕組みを整え、両輪を回していくことで実現します。
- 個人の努力ではなく「組織的な支援」:環境整備と健康施策による仕組みづくり
- 「個人の学び」の促進:食リテラシー向上による主体的な健康選択の実現
- 両輪での取り組み:支援と学びが相互に作用し合う継続的な仕組み
食事管理を通じて、従業員が自ら「自分の体と向き合う力」を育むことができれば、それは食事にとどまらず、睡眠、運動、ストレス管理などの他の健康行動にも波及効果をもたらします。
保健師、産業医、人事部門が連携し、食リテラシーの定着と行動変容を支える仕組みをつくることが、真のウェルビーイング実現への第一歩となるでしょう。
まずは現状の食事環境や従業員のニーズを把握することから始めましょう。アンケート調査や個別面談を通じて、あなたの職場に最適な食事管理アプローチを検討してみましょう。
看護師の後、働く人の健康管理に携わるため保健師として産業保健業務に従事する。
現職では、さまざまな規模の企業に対して、個別支援を中心としたかかわりから、広く集団に向けて健康情報の発信や、喫煙対策プログラム構築、保健師の導入支援など産業保健サービスに携わる。

