企業のハラスメント対策完全ガイド|産業医が教える効果的な予防・対応策

近年、職場におけるハラスメント問題は深刻化しています。厚生労働省「令和5年度職場のハラスメントに関する実態調査」によると、過去3年間にパワーハラスメントの相談があった企業の割合は64.2%に上っており、多くの企業が何らかのハラスメント問題に直面している状況が明らかになりました。
2020年6月に大企業を対象として施行された改正労働施策総合推進法により、パワーハラスメント防止措置の実施が義務化され、2022年4月からは中小企業も含めた完全施行となりました。しかし、効果的な対策の実施方法に悩む人事労務担当者は多いです。
本記事では、法的要件を満たしながら実効性の高いハラスメント研修の実施方法と、産業医との連携による効果的なアプローチについて解説します。
参考:厚生労働省|職場のハラスメントに関する実体調査 結果概要(令和5年度厚生労働省委託事業)
目次
- ハラスメントの基礎知識と企業への影響
- 効果的なハラスメント対策の5つのステップ
- 職場環境改善における産業医等の重要な役割
- ハラスメント対策の効果測定と改善方法
- よくある質問とトラブルシューティング
- まとめ:持続可能なハラスメント対策の構築


1.ハラスメントの基礎知識と企業への影響
効果的なハラスメント対策を構築するためには、まず、ハラスメントの正確な理解と企業が直面するリスクを把握することが重要です。ここでは、法的定義に基づく適切な分類と、最新の調査データから見えてくる企業への影響を整理し、対策の必要性を明確にしていきましょう。
ハラスメントの定義と種類
職場におけるハラスメントには、パワーハラスメント、セクシュアルハラスメント、マタニティハラスメント(妊娠・出産・育児休業等に関するハラスメント)などがあり、それぞれ法律で定義が定められています。
パワーハラスメントは、労働施策総合推進法により、以下の3つの要件をすべて満たすものと定義されています。
- 優越的な関係を背景とした言動であって
- 業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより
- 労働者の就業環境が害されるもの
セクシュアルハラスメントは、男女雇用機会均等法により、職場において行われる性的な言動に対する労働者の対応により労働条件について不利益を受けること、または性的な言動により就業環境が害されることと定義されます。
マタニティハラスメントは、男女雇用機会均等法および育児・介護休業法により、妊娠・出産・育児休業等に関する言動により就業環境が害されることと定義されます。
これらは単独で発生するだけでなく、複合的に生じるケースも多く、早期の識別と対応が重要です。
引用:厚生労働省|あかるい職場応援団「ハラスメント基本情報」ハラスメントの定義
企業が受ける損失とリスク
ハラスメント事案が発生した企業は、法的責任・損害賠償リスク、行政指導による企業名公表、採用活動への悪影響、従業員の離職率増加、生産性低下などの多面的な損失を被ることとなります。
厚生労働省「令和5年度職場のハラスメントに関する実態調査」によると、企業規模が大きいほど対策実施率が高い傾向が確認されています。従業員1000人以上の企業では98.3%がパワハラ予防・解決の取組を実施している一方、99人以下の企業では88.4%にとどまっています。この約10ポイントの差は決して小さくありませんが、中小企業においても、法令遵守と従業員保護の観点から、積極的な対策実施が求められます。
相談件数の推移については、セクハラを除く各種ハラスメントで「件数は変わらない」が最も多く、「件数は減少している」が「件数が増加している」を上回っており、企業の継続的な取り組みによる一定の効果が見られる状況です。ただし、顧客等からの著しい迷惑行為(カスタマーハラスメント)については、「件数が増加している」企業の割合が他のハラスメントより高く、新たな対策強化が必要な領域となっています。
引用:厚生労働省|令和5年度職場のハラスメントに関する実態調査報告書
最新の法規制動向
2020年6月に大企業を対象として施行されたパワハラ防止法が2022年4月に中小企業も含めた完全施行となって以降、さらなる法規制強化が進んでいます。
2025年6月11日には労働施策総合推進法の一部改正法が公布され、カスタマーハラスメント(顧客からの理不尽な言動等)に対する防止措置が事業主に義務付けられることとなりました。この改正法は、公布の日から起算して1年6月を超えない範囲内において、政令で定める日に施行されます。従来の職場内上下関係という枠を超えて、顧客・取引先・求職者等との関係にハラスメント対策の範囲を拡大する画期的な法改正です。
企業に求められる基本的な雇用管理上の措置は以下の4つで、これらがカスタマーハラスメントにも適用される見込みです。
- 事業主の方針等の明確化
- 相談体制の整備
- 事後の迅速・適切な対応
- プライバシー保護・不利益取扱いの禁止
特に小売業・飲食業・サービス業・コールセンター等の顧客対応部門を持つ企業は、従来法規制の枠外だった領域に新たな責任が課されるため、早期の制度設計と体制構築が求められます。
違反企業には厚生労働大臣による助言・指導・勧告が行われるため、企業名公表のリスクも拡大することとなります。そのため、包括的な法的コンプライアンス体制の整備が急務となっています。
参考:厚生労働省|労働施策総合推進法に基づく 「パワーハラスメント防止措置」が 中小企業の事業主にも義務化されます!
参考:厚生労働省|ハラスメント対策・女性活躍推進に関する改正ポイントのご案内
参考:政府広報オンライン|カスハラとは?法改正により義務化されるカスハラ対策の内容やカスハラ加害者とならないためのポイントをご紹介
2.効果的なハラスメント対策の5つのステップ
ハラスメント対策は体系的なアプローチが成功の鍵を握ります。以下の5つのステップを順次実施することで、法的要件を満たしながら実効性の高い対策体制を構築するとよいでしょう。また、各ステップは相互に関連しており、継続的な取り組みが重要です。
ステップ1.企業方針の明確化と周知
効果的なハラスメント対策の第一歩は、経営トップの明確な方針表明です。就業規則にハラスメント禁止条項を明記し、具体的な行為類型と懲戒処分の内容を規定します。周知方法としては、全社会議での方針説明、社内掲示板・イントラネットでの継続的な発信、新入社員研修での必修化が有効です。
特に管理職への浸透が重要です。定期的な意識調査により浸透度を測定し、継続的な啓発活動を展開することが求められます。
ステップ2.相談体制の整備
被害者が安心して相談できる環境整備が対策の要となります。社内窓口(人事部門・法務部門・産業医・保健師・心理職等)と外部窓口(弁護士・専門機関)の複数設置により、相談者の選択肢を確保します。産業医・保健師・心理職等の専門職は相談窓口の一つとして、人事部門や法務部門、外部専門機関と連携しながら、医学的・心理社会的な専門性を活かしたメンタルヘルス不調の早期発見と適切な治療への橋渡し役を担います。
また、相談の秘匿性確保のため、相談記録の管理体制を明確化し、相談者への不利益取扱い防止措置を徹底することで、相談しやすい環境を構築する必要があります。
ステップ3.教育・研修プログラムの実施
ハラスメント防止には、全従業員の意識改革が不可欠です。管理職向けには、指導とハラスメントの境界線、適切なコミュニケーション手法、事案発生時の初期対応を重点的に教育しましょう。
一般社員向けには、ハラスメントの基礎知識、被害を受けた際の対処法、第三者として目撃した際の適切な行動(通報・相談の方法など)を学習させます。年1回以上の定期研修に加え、eラーニングシステムを活用した継続的な学習機会の提供により、組織全体の意識レベルの向上を図ります。
ステップ4:事案発生時の対応フロー
ハラスメント事案の通報を受けた際は、迅速かつ公正な対応が求められます。初動対応として、被害者の安全確保と二次被害防止を最優先に、関係者からの聞き取り調査を実施します。調査は中立的な第三者を含む調査委員会で行い、事実認定に基づく適切な処分を決定します。
被害者には産業医を含む専門チームによるメンタルヘルスケアを提供し、加害者には再発防止研修を実施します。組織として再発防止策を策定し、類似事案の予防体制を強化することで、健全な職場環境の回復を図りましょう。
ステップ5:継続的な改善と評価
ハラスメント対策の実効性を高めるには、定期的な効果測定と制度改善が必要です。年1回の従業員意識調査により職場環境の改善度を測定し、相談件数・解決率・再発率などの定量指標で対策効果を評価します。また、ストレスチェックにおいて職業性ストレス簡易調査票80項目版を用いている場合は、ハラスメントに関する項目が含まれているため、これらのデータも活用することで、より客観的な職場環境の評価が可能となります。得られたデータを基に、対策の見直しと改善を継続的に実施しましょう。
特に、産業医を含む多職種連携により、メンタルヘルス不調者の動向分析から潜在的なハラスメントリスクを早期発見し、予防的な介入を行うことで、より効果的な対策体制を構築できます。
3.職場環境改善における産業医等の重要な役割

ハラスメント対策において産業医・保健師・心理職等の専門職(以下「産業医等」という)は欠かせない要素です。産業医等は人事部門や外部専門機関と連携しながら、医学的知見に基づくアプローチにより、従来の人事施策では対応困難な領域をカバーし、より包括的で実効性の高い対策を実現できるためです。ここでは産業医の3つの主要な役割について詳しく解説します。
メンタルヘルス面からのアプローチ
産業医等は人事部門と協力して、医学的・心理学的専門性を活かしたハラスメント被害者の心理的ケアにおいて重要な役割を果たします。被害者には適応障害やうつ病などの精神的症状に対する見立てを行い、必要に応じて専門医療機関への紹介を実施します。早
加害者に対しても、人事部門との連携の下で、行動の背景にある心理社会的要因やストレス状況を評価し、必要に応じて専門医療機関への受診を推奨します。産業医等の医学的・心理社会的サポートと人事部門の組織的対応を組み合わせることで、職場復帰や関係修復への道筋を提示し、組織全体の健康な人間関係の構築を支援します。
予防医学的観点での職場環境評価
産業医等は年1回実施されるストレスチェックの結果を分析し、ハラスメント発生リスクの高い職場環境を特定します。高ストレス者の分布、職場の量的負荷・質的負荷の状況、上司・同僚との関係性指標などから、潜在的な問題を早期発見します。
さらに、職場巡視や管理職面談を通じて、コミュニケーション不全や過度な競争環境などのリスク要因を把握し、予防的な環境改善を提案します。このような予防医学的アプローチにより、ハラスメント発生前の段階での介入を可能にします。
職場復帰支援と継続的ケア
ハラスメント被害により休職した従業員の職場復帰には、産業医による医学的判断と段階的な職場復帰プログラムが重要です。職場復帰前の主治医との連携、復職判定面談、試し出勤制度の活用により、無理のない復帰スケジュールを策定します。職場復帰後も定期的な面談を実施し、心理的負担の軽減と再発防止に向けたフォローアップを継続します。
また、職場環境の改善状況をモニタリングし、産業医が必要に応じて配置転換や業務調整など、就業上の配慮についての意見を会社に提供することで、安全で持続可能な職場復帰を支援します。
4.ハラスメント対策の効果測定と改善方法
ハラスメント対策の継続的な改善には、客観的な効果測定が不可欠です。適切な指標設定と定期的な評価により、対策の実効性を高め、組織に最適化された持続可能な体制を構築できます。効果測定のポイントを以下にまとめます。
KPIの設定と測定指標
ハラスメント対策の効果を客観的に評価するため、複数の定量指標を設定する必要があります。主要指標として、ハラスメント相談件数の推移、解決率(相談から解決までの期間と満足度)、離職率(特にハラスメント関連離職の割合)、従業員満足度調査における職場環境評価の向上度を測定します。
また、ストレスチェックの高ストレス者率、研修参加率、管理職の意識変化度なども重要な指標となります。特に、職業性ストレス簡易調査票80項目版を用いている場合は、ハラスメントに関する項目のスコア推移を継続的に測定することで、職場環境の改善効果を客観的に評価できます。
これらのデータを月次・四半期・年次で継続的に収集・分析し、対策の改善に活用しましょう。
継続的改善のためのPDCAサイクル
効果的なハラスメント対策には、PDCAサイクルによる継続的改善が不可欠です。
- Plan(計画)…年度目標と具体的施策を設定する
- Do(実行)…研修・相談体制・啓発活動を実施する
- Check(評価)…設定したKPIに基づく効果測定と課題抽出を行う
- Action(改善)…制度の見直しと新たな施策の導入を実施する
四半期ごとの振り返りミーティングで進捗確認を行い、年1回の大幅な見直しにより、環境変化や法改正に対応した最適な対策体制を維持します。
5. よくある質問とトラブルシューティング
ハラスメント対策の実務では、理論通りにいかない様々な課題に直面することが多く、悩んでいる担当者は少なくありません。ここでは、人事労務担当者から寄せられることの多い典型的な問題と、その解決策について実践的な観点から解説します。これらの対処法を理解しておくことで、スムーズな対策実施が可能となるはずです。ぜひお役立てください。
相談しにくい雰囲気の改善方法
従業員がハラスメントについて相談しやすい環境を作るためには、経営トップの明確なメッセージ発信と管理職の意識改革が不可欠です。
具体的には、定期的な1on1ミーティングの導入、匿名性を確保した外部相談窓口の充実、相談者への不利益取扱い禁止の徹底、相談後のフォローアップ体制の整備が重要です。また、相談件数や解決率の可視化により、組織の取り組み姿勢を示すことが相談しやすい雰囲気作りに繋がります。
加害者が管理職の場合の対処法
管理職が加害者となるケースは、組織的な対応が特に重要です。初動対応では被害者の安全確保を最優先とし、一時的な配置転換や業務分離を実施します。
調査は加害者と同等以上の地位にある上位管理職または外部の中立的機関が主導し、公正性と透明性を確保します。処分決定においては、経営陣の強いリーダーシップと地位に関係なく、統一した基準での対応が求められます。
証拠が不十分な場合の調査方法
ハラスメントの証拠収集は困難を伴うことが多いため、多角的な調査アプローチが必要です。関係者からの個別聞き取りにより状況的証拠を積み上げ、被害者のメンタルヘルス状況や体調変化などの医学的所見を参考にします。
産業医の専門的な視点からの意見聴取や、過去の類似事例との比較検討も有効です。証拠不十分であっても、被害者の安全確保と組織環境の改善を優先した予防的措置を講じることが重要です。
外部機関との連携のポイント
ハラスメント対策における外部機関との連携は、専門性と中立性の確保の観点から非常に重要と言えます。産業医派遣、臨床心理士、社会保険労務士、弁護士などの専門家とのネットワークを事前に構築し、緊急時の連携体制を整備しておくといいでしょう。
外部機関との契約においては、秘密保持契約の締結、対応範囲の明確化、緊急時の連絡体制の確認を行い、スムーズな連携を可能にする体制を構築するのがおすすめです。
6.まとめ:持続可能なハラスメント対策の構築

職場のハラスメント対策は、法的コンプライアンスを満たすだけでなく、従業員の心理的安全性を確保し、組織の持続的な成長を実現するための重要な経営課題です。本記事で解説した5つのステップ(方針明確化、相談体制整備、教育研修、事案対応、継続改善)を体系的に実施することで、効果的な予防体制を構築できるでしょう。
特に重要なのは、産業医を含む多職種連携による医学的専門性を活かしたアプローチです。メンタルヘルス面でのケア、予防医学的・心理社会的観点での職場環境評価、職場復帰支援における段階的プログラムは、従来の人事施策だけでは対応困難な領域をカバーし、より包括的で実効性の高い対策を可能にします。
企業規模や業界特性に応じた柔軟な対応と、PDCAサイクルによる継続的改善により、ハラスメントの根絶と健全な職場環境の実現を目指すことが、21世紀の企業経営において不可欠な取り組みであることは言うまでもありません。人事労務担当者は、この包括的なフレームワークを参考に、自社に最適な対策体制の構築に取り組まれることを強く推奨いたします。
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