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「森林でのメンタルヘルスケア:発達障害者への支援」|産業医解説(文/落合 博子)


目次

  1. 企業の健康経営とメンタルヘルス
  2. 働く発達障害の方のメンタルヘルスケア
  3. 森林環境で過ごすことによる健康効果にはエビデンスがある
  4. さいごに

1. 企業の健康経営とメンタルヘルス

日本の国民皆保険制度は少子高齢化と労働力人口の急激な減少により、持続可能性が危ぶまれています。

健康保険から支払われる傷病手当金は年々増加しており、協会けんぽ発表の資料によると、2021年の傷病手当金の支給件数のうち「精神及び行動の障害」が1位で約3分の1を占め、2020年までの4年間で約1.8倍に増加しました。

企業においても効果的な「健康経営」につながるという点からメンタルヘルス対策が求められています。職場が活気づき、働いている人が前向きに仕事に取り組めば、生産性やクリエイティビティ、サービスの向上につながり、企業の業績アップや成長を得られるからです。

メンタルヘルスケアには、「4つのケア」として、「セルフケア」「ラインによるケア」「事業場内産業保健スタッフ等によるケア」「事業場外資源によるケア」があります。

そのうち「セルフケア」では、日頃から各自が対処できる方法を身につけることで、メンタルヘルスの不調にいち早く気づいて対処することが重要です。

ストレス対処方法としては、Rest(休養、睡眠)、Recreation(ハイキングや森林浴、趣味娯楽)、Relax(ストレッチ、マインドフルネス、音楽や香りの利用)の「3つのR」が推奨されます。

これらのセルフケアは、さらに効果的に行えるように企業が支援することが可能です。

基本的な取り組みとして、長時間労働の改善、健康診断の実施、職場環境の整備、ストレスチェックやカウンセリングの提供が推奨されていますが、近年では、健康経営につながる法定外福利厚生が多様化し、社員旅行や託児施設、スポーツジムの補助などが多くの人に支持されています。

社員研修を森林環境で行う試みも始まっており、癒やし効果によるメンタルヘルス効果に加えて、生活習慣の改善や離職率の抑制、ワークエンゲージメントの向上が報告されています。

森林環境は好奇心や探究心を刺激し、資質・能力を育むという点でも、非常に重要な要素として注目されています。

2. 働く発達障害の方のメンタルヘルスケア

近年、産業保健の分野でも成人の発達障害を持つ労働者への支援に関心が高まっています。

具体的な事例として、「指示や命令がうまく伝わらない」、「不注意によるミスが頻発する」、「臨機応変な対応が難しい」、「協調性に欠ける」などが挙げられ、これらが職場内の混乱を引き起こす問題となっています。

医師は、職場の産業保健スタッフと連携して発達障害に関する理解を深め、メンタルヘルスケアを支援する必要があります。

この取り組みにより、発達障害を持つ労働者の(潜在的な)能力が十分に発揮されることで、本人だけでなく職場全体にとっても生産性の向上など望ましい成果が期待されます。

このように、職場と医療の双方に精通する産業医が、メンタルヘルスケアのさまざまな選択肢を理解し提案できることは極めて重要です。

3. 森林環境で過ごすことによる健康効果にはエビデンスがある

森林に出かけたときのことを思い出してみてください。
緑の葉を通して木漏れ日が柔らかく差しこみ、新鮮な空気と植物や土の香りが漂ってきて、とても気持ちが良くありませんでしたか?
実は、森林で過ごすと快適なだけでなく、心身に良い影響を与えることが科学的に証明されています。森林浴による健康効果は多岐にわたります。

以下に、これまで実証された森林浴の健康効果を簡単にご紹介します。

  • 活気を上昇させ、うつ状態の改善効果が期待される
  • 副交感神経の活性を増進してリラックス効果をもたらす(血圧の安定化効果も)
  • ストレスホルモン(コルチゾール、アドレナリンなど)を減少させる
  • NK活性を上昇させ、免疫機能を高める
  • エクササイズ効果による生活習慣病の予防効果

特に、森林浴による「うつ状態の改善効果」については世界中で研究が蓄積され、確実な効果としてシステマティックレビュー*で評価されており、メンタルヘルス領域でも活用が広がっています。

(*Int. J. Environ. Res. Public Health 2022, 19, 10512. )

また、認知機能に関して、日本認知症予防学会が「認知症予防に向けた森林活用研究会」を立ち上げて研究活動を行っており、今後のエビデンスの蓄積に期待したいところです。

森林浴による健康効果を得るためには、「五感」をしっかり働かせることが重要です。

森の中で耳や目、鼻、触覚、味覚等の五感を使って、森の雰囲気を存分に楽しんでください。
また、座る、寝る、瞑想するなど自分に合ったリラックス法を探してみましょう。

トレーニングのような強い運動強度は必要ありませんし、薬による治療のような副作用を心配することもなく、誰もが気軽に楽しめる自然の恩恵です。
是非森林医学の基本を学んでいただき、多くの方に実践していただきたいと思います。

さいごに

以上のように、森林空間の活用に関心や理解を持つ医療関係者が増えれば、国が求める人材確保や離職防止、生産性向上、健康づくりの目標を達成するための身近な森林環境を活用したプログラムを企画・実践することが可能になります。

現在、森林での活動は多様化しており、ヨガやアロマ、グランピング、バーベキュー、音楽会などが人気を集めています。

これらのアクティビティを通じて、健康に無関心な人々も含め、従業員が楽しみながら企業の健康経営に参加することができるでしょう。

森林環境の積極的な活用は、健康を促進するだけでなく、自然環境の保全にも貢献し、社会全体の幸福度を高めることが期待されます。

このたび、2024 年3月10日(日)に森林医学セミナー「森林空間活用によるメンタルヘルス対策と健康づくり」を開催する運びとなりました。セミナーでは、森林空間の活用がメンタルヘルスへの対策と健康促進にどのように貢献するかについて、専門家からの講演を通じて学んでいただきます。

以下にセミナーの詳細を記します。

▮日時:2024年3月10日(日)13:30-17:30(13:00 受付)
▮会場: 林野会館 604 号室 (〒112-0012 東京都文京区大塚3丁目28番7号)
▮実施概要:2023年3月10日『森林空間活用によるメンタルヘルス対策と健康づくり』

 ご興味のある方は以下Googleフォームにてお申込みください。
▮お申込みフォーム:https://forms.gle/SUymKfsE3numuXsw5

(文/落合 博子)
(独)国立病院機構東京医療センター産業保健室長。
東北大学医学部卒、医学博士、日本形成外科学会専門医、日本再生医療学会専門医、日本抗加齢医学会専門医。日本医師会認定産業医、健康スポーツ医、米国ライフスタイル医学会認定医。2012年に国際自然・森林医学(INFOM)認定医の資格を取得後、森林の健康効果を研究し国際的な普及を目指す。国土緑化推進機構中央事業「子供のためのESDとLH」実施、林野庁「森林サービス産業」運営委員。国際ハンドブックの執筆(一部担当)などの実績を有する。著書「美容常識の9割はウソ」。
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