産業保健活動にナッジをいかして、社員をそっと動かすには
産業保健は、従業員の健康と安全を確保するために欠かせない重要な要素です。企業にとって、従業員の健康状態は生産性や労働力の維持に直結し、経済的な側面だけでなく、社会的責任としても大きな意味を持ちます。このような背景から、産業保健における新たなアプローチや理論が注目されています。その中で、ナッジは最近特に注目されています。
今回は産業保健活動にナッジをいかして、社員をそっと動かすには、どうしたらいいのかについて簡単にお伝えいたします。
目次
1.ナッジとは
ナッジは、人々の行動や選択に影響を与える方法で、環境や情報を工夫して微妙に変化させることで、望ましい方向に誘導します。例えば、果物や野菜を目につきやすい場所に配置することで、健康的な食事を選びやすくすることができます。
産業保健の悩み
「社員に健康に気をつけてほしい」「健康習慣を身につけてほしい」「健康に関心をもってほしい」などなど、健康管理を担当する方はいつもどうしたらいいか悩んでいらっしゃると思います。「うちの会社は今期から健康経営を推進する」と社長や上司に言われ、「はい」といったものの「何をどうしたらいいのかわからない」という声をよく聞きます。予算もあまりない中で、試行錯誤してみてもなんだかうまくいかないのはなぜでしょう?
人はなぜ正しい行動ができないのか
人は正しいとわかっていても、その正しい行動をするとは限りません。健康で例えるとバランスの良い食事、適度な運動、十分な睡眠、禁煙が代表格のように浮かびますね。これらに取り組まないのは、健康に関する知識が乏しいからかもしれませんし、メリットが感じられないため後回しになるなんてこともあるかもしれません。仮に取り組もうと思っていても「開始できない」、「習慣化しない」のはなぜか尋ねると面倒くさい、時間がないなんて声もよく聞きます。従業員はやりたくないわけではないのです。
頭でわかっていてもうまく行動できない背景には「直観と理性」という脳のシステムがあるからなのです。
2.脳と理性の関係
直観は日常生活における多くの判断を行います。ただ、認知バイアスの影響を受けやすく、正しい情報を得ても、歪んで解釈することがあります。それに対して理性は合理的な判断を行います。この直観部分に関する人の習性を象に例えられ、象をコントロールする象遣いを理性に例えられて説明されています。
産業保健の場面では、安全教育や健康教育など様々な場面で情報提供や啓発、注意喚起を行います。これは、多くの人に適切な情報を伝え、正しい行動を行ってもらうためです。時にはインセンティブを活用して行動変容を促すこともあります。
しかし冒頭で述べたように、人はわかっていても正しい行動をとることができないことが多々あります。
情報提供で行動を変えるには、価値観を変えるため、時間がかかります。インセンティブは仕組みや予算を整えるための合意形成に時間がかかります。しかし、ナッジは順番やタイミングを変えるといった「担当者レベルでの微調整」で可能なことも多く、比較的すぐに実施することができます。
3.ナッジ活用のポイント
ナッジはきっかけづくりに向いています。行動を継続させるには本人の価値観が変化し、モチベーションを維持し続ける動機が必要となりますので教育によるリテラシーの向上が必要となります。しかし、教育をしても最初の一歩を踏み出せないと人の行動は何も変わりません。そこでナッジを取り入れ、教育のためのイベントの募集、研修の組み立て、アンケート、行動実践の後押し施策の工夫などを行います。
そこで目指すのは、正しい行動の定着ではなく、正しい行動を開始してもいいかなと思えるきっかけづくりであることをイメージして導入することです。
4.産業保健へのナッジの適用例:健康的な食生活の促進
- 会社の食堂や自動販売機で健康的な食品を目立たせる。→従業員が適切な食事を選びやすくする。
- 自動販売機などで提供される食品のサイズや分量を調整する。→過剰なカロリー摂取を抑制する。
- 健康的な食品が並ぶエリアには特別な看板やラベルを設置し、従業員がそれらの食品を見つけやすくする。 →低カロリーのサラダやスープ、ヘルシーなサンドイッチなどの選択肢を増やし、従業員が健康的な選択をしやする。
5.まとめ
産業保健におけるナッジの活用は、今ある資源にちょっと工夫をすることで大きな効果を得ることへのチャレンジとなります。たとえその取り組みはきっかけづくりで、長期にわたるものではないかもしれませんが、人に行動変容をおこさせるのは至難の業です。いかにしてはじめの一歩を踏ませるかが重要となります。従業員の健康と安全を確保するための施策に担当者の皆様には是非ともナッジを取り入れて、ご自身が楽しみながら施策を実施し、従業員の背中をそっと押していただければと思います。
参考文献
・心のゾウを動かす方法.竹林正樹.扶桑社.2023
・ナッジ×ヘルスリテラシー—ヘルスプロモーションの新たな潮流.村山洋史,江口泰正,福田洋.大修館書店.2022
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2月21日(水)14:00~15:30
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北海道の地域基幹病院に看護師として従事した後、子育てをしながら健診機関やクリニックにて予防医学に関わる。
その後、働く人の健康管理に携わるため保健師として産業保健業務に従事する。
現職では、さまざまな規模の企業に対して、個別支援を中心としたかかわりから、広く集団に向けて健康情報の発信や、喫煙対策プログラム構築、導入支援など産業保健サービスに携わる。