職場の従業員が自殺(自死)した場合の対応について│精神科心理士
目次
1.自死が与えるインパクト
大切な人、身近な人が亡くなることなんて、考えるのも嫌だと感じるようなことですよね。普段から考えもしないようなことだからこそ、身近に起こる「死」は日常から人を遠ざける力があると言えるでしょう。目の前の人から死にたいと打ち明けられたら?昨日まで一緒に働いていた人が突然亡くなったら?戸惑い、焦り、気持ちや考えは混乱します。 大きなインパクトを持つからこそ、企業はその事態にしっかりと向き合うことが求められるのです。2.危機介入はフローが決め手
従業員から死にたいと打ち明けられたり、自殺を予告するようなメールが届いたりしたら、企業としてはその危機に速やかに介入する必要があります。これを危機介入(インターベンション)と呼びます。実際によくある状況として、うつ病などで長期に休養した従業員が職場に復帰して落ち着いたであろう数か月後のタイミングに症状が再燃した際、あるいは顧客からのプレッシャーが強いなか対応に追われ長時間労働が続いた際などといった、ある程度リスクが予想できる場合があります。 一方で、誰も予想できないような状況でまさに突然に起こることもあります。ある程度リスクが予想される状況と言っても、専門家でもない限り突然死にたい、消えたいといった言葉が出てくれば驚き、慌ててしまいますよね。 そういった場合は頭ごなしに死にたい気持ちや考えを否定せず、しっかりと話を聞きながら具体的な対応を決めていく必要があります。死にたい気持ちを否定せずに聞くと自殺を促進してしまうのではと思われますか?実は、否定したりストレートに触れずに回避したりするほうがリスクを高めるのです。 まずはしっかりと死にたいと言わざるを得ないほどのつらい気持ちを理解しようと話を聞きましょう。 そのうえで、精神科などの専門の医療機関に連れていくであったり、安全確保のために家族に連絡を取って迎えに来てもらうであったりといった対応を行います。 こういった対応、突然の「死にたい」という言葉に驚き、焦り、混乱するなかで冷静に判断して行えるものでしょうか?慣れている専門家でも緊張が走る場面です。 普通は頭が真っ白になってもおかしくありません。自殺のリスクが高い場合の対応の基本は、精神科に受診させることと家族に連絡を取ることです。 そこで、予め社内でこういった場合の対応フローを協議して決めておくのです。 フローがあることで、落ち着いて対応することが可能になります。もちろん、こういった案件は個別性が高いですから、基本的にはフローに沿いつつ産業医などの専門家に相談しながら実際の対応を調整してください。3.残された人のケアは生産性を左右する
長くこの業界にいると、どうしても防げない自死というのもあります。悲しく、悔しいことでありますが、大切な従業員が自死したという事態に直面する場合、企業としてどう対応するのが良いのでしょうか?私は長年、自死した従業員の周囲の従業員のケアを行ってきました。 すでに起こってしまったことの事後対応のことをポストベンションと呼びます。 その対応で必要なポイントは大きく2点あります。ポイント1 個別のケア
ポストベンションではグループ単位でケアを行う場合と個別にケアを行う場合がありますが、この記事では個別のケアについて説明します。 まず、故人との関係を考慮し対象者を決めます。 自死の直後は戸惑い、混乱して話ができない場合が多いため、1,2週間の時間を置いて面談を実施するよう計画します。面談は精神科での経験を積んだ臨床心理士などの専門家が良いでしょう。 この面談の目的はファーストエイドです。 話を深めるのではなく、不安や怒り、体に出ている症状などを確認し、そういった反応は多くの人が経験することでありやがて落ち着いていくと心理教育を行います。自分がおかしくなってしまったのではと不安になりやすいため、こういった情報提供で多くの人が安心します。 中には、こういった事態をきっかけに大きく心身の調子を崩す人がいますが、大きくは次の2つのパターンです。 つまり、故人と親密であった場合と元々精神的に不安定であった場合です。 著名人の自死を受けて、後者のような人は強く影響を受けることがあります。 ポストベンションの面談においては、心身の調子を大きく崩したハイリスク者であると確認した対象者には精神科・心療内科への受診を勧めるか、少し時間をおいてフォローアップをするか判断します。また、本人の了解を得たうえで上司や人事担当者に本人の様子と職場でのケアのポイントを伝えます。 図2 外部相談機関によるポストベンションフロー(注1)ポイント2 組織への支援
自死が発生してまず検討するのは社内でのアナウンスの仕方です。不自然に隠そうとすると従業員の不信感が募るため、企業は遺族の意向を踏まえつつもなるべく誠実に情報を開示する必要があります。また、遺族が拒否しないのであれば故人の周囲の従業員が葬儀に参列できるように職場として最大限の配慮を行いましょう。 私の経験上、故人に手を合わせてお別れをできたかどうかはその後の気持ちの整理を大きく左右します。 個別面談の結果から、組織的な課題が抽出されることが多いです。自死は基本的に複合的な要因があり、はっきりと原因がこれとわかりません。 また、自死を行う多くの人がうつ状態であったといわれるため、正常な判断ができない状態で自死を選んでいます。そのため、故人をよく知る人ほど自死が信じられず、なぜ自死を選んだのか理解ができません。人は、理解できないものを理解できないまま抱えることは非常に難しいです。 そこで、こうした状況では会社を悪者にして自分を納得させようとする心理が働きやすくなります。課題のない職場はないと思いますが、前述のような状況で「会社が(あるいは特定の誰かが)あの人を追い詰めた」などと考えてしまう傾向があるため、モチベーションや生産性の低下を招くのです。 これを防ぐには、- ①会社がこの事態をどう受け止めたのか、
- ②課題はなんだと認識しているのか、
- ③それを踏まえて再発を予防するためにどういう方針でどんなアクションを取るのか
4.おわりに
これまでの私のポストベンションの活動のなかで、ある経営者がこういった事態に向き合うつらさを複雑な表情で絞り出すように吐露してくださったことが印象に残っています。実際、目を背けてしまって、できればそのまま忘れてしまいたいと思うのも人情でしょう。 ですが、残された従業員とその家族を守り、企業を健全に発展させていくには必要なことであることをその経営者も理解しポストベンションの活動にご協力くださいました。 今回報道のあった、亡くなった著名人の方の身近な方にもこういったケアが行われていることを願ってやみません。 自死は大きな影響を与えます。身近な人や専門家の支援が当たり前に受けられる世の中に少しでも近づいていけるよう、情報発信を続けていきたいと思います。 注)本コラムは2020年10月に執筆・掲載したものを再掲載しています (文/佐倉 健史)
さんぎょうい株式会社/メンタルヘルス・ソリューション事業室 室長 (臨床心理士・公認心理師・メンタルヘルス法務主任者・キャリアコンサルタント)
大学院で臨床心理学を研究するかたわら、日本の労働者のメンタルヘルス問題において日本をリードする故・島悟氏に師事。大学院修了後は島氏が理事長を務める神田東クリニックにて多数の企業のメンタルヘルス担当者へのコンサルティング、社内研修、労働者のカウンセリングの実践経験を積む。
国内有数の大手企業から中小企業まで対象とし、メンタルヘルスやコミュニケーションにまつわるあらゆる課題解決を支援する。
引用文献: 注1「外部相談機関による自殺のポストベンション」大庭さよ、佐倉健史、吉村靖司(2012) 産業精神保健Vol.20 No.1 14-19
参考文献: 「自殺のポストベンション」高橋祥友(2004) 医学書院お問い合わせ
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