森林浴(医学)の効果を健康予防・づくりに利用しよう|産業医解説(文/落合 博子)

目次
1. 世界から認知されている日本の「森林浴」とは?
日本は森林大国と御存知でしょうか?
日本は、国土の約70%が森林という森林大国です。
そのため、私たちには樹木のある風景はとても身近なものです。
森林に出かけたときのことを思い出してみてください。
緑の葉を通して木漏れ日が柔らかく差しこみ、作りたての酸素がたくさん含まれた空気は澄んでいて、どこからか植物や土の香りが漂ってくる。
心地よい気分になり、思わず深呼吸したくなるのではないでしょうか。
このような、森林の快適さは、1982年に秋山林野庁長官が「森林浴」という言葉を提案してから、皆さんに広く認識されるようになりました。
また、この頃から森林浴による健康効果の研究が日本でスタートし、
私たちの心身の反応に関する論文が多く発表されるようになりました。
その結果、森林浴による健康効果は世界に知られるようになり、
現在では`Shinrin-yoku`は国際語としても通用するようになっています。
いま、自然・森林を医学的効果に研究する学問「森林医学」が期待されています
最近では自然・森林による医学的効果を研究し利用する学問として
「森林医学」という言葉が使われています。
古代ギリシャの時代から、医師ヒポクラテスは、
『人は自然から遠ざかるほど病気に近づく』 として、
病気には自然に由来する原因があると主張したそうです。
そのような観点からも、
「森林医学」は伝統医療や補完代替医療を含む統合医療的性質がありますが、
生体反応の解析・評価に関して西洋医学的に確立された手法を用いており、
その意味で両者の境界領域にあるということができるでしょう。
自然環境の多様な要素を利用できるため、状況に応じてさまざまな取り組みに活用できる柔軟性を有した学問として、今後の発展が期待されています。
2. 森林浴の健康・免疫効果とは?「森林医学」による研究結果はあるのか?
実証された森林浴の6つの効果について
日本では多くの生理学・心理学的データが蓄積されてきましたので、
これまで実証された森林浴の健康効果を簡単に6つご紹介します。
- 活気を上昇させ、うつ状態の改善効果が期待される。
- 副交感神経の活性を増進してリラックス効果を示す。
- ストレスホルモン(コルチゾール、アドレナリンなど)を減少させる。
- NK活性を上昇させ、免疫機能を高める。
- 血圧の安定、アデイポネクチン濃度の上昇効果、エクササイズ効果があり、生活習慣病の予防効果が期待される。
- 睡眠改善効果を示す。
など、
幅広い予防医学的効果が実証されています。
森林浴による「うつ状態の改善(メンタルヘルス領域)」の注目されています
特に「うつ状態の改善効果」については研究が蓄積され、
確実な効果としてシステマティックレビュー*で評価されており、
メンタルヘルス領域でも活用が広がっています。
現在も様々な研究が進行中ですから、さらに興味深い結果が出ることに注目したいですね。
(*Int. J. Environ. Res. Public Health 2022, 19, 10512. )
3. 様々な領域で「森林活用」を取り入れる事例が出てきています
林野庁も企業や学校などと連携した「森林活用」を創出しています
実証されている「森林浴の効果」の背景を踏まえ、
林野庁は、以下の「森林サービス産業」を2020年に創出しました。
- 企業の従業員や住民の疾病予防・健康づくりの観点からの森林活用
- 地域の自立・価値・ブランド力を高める
企業や学校などと連携し、
組織の生産性やワーク・エンゲージメントの向上、収入や雇用を生み出す新産業の創出などにもつながる波及効果を狙っています。
「森林活用」は企業の健康経営につながるのか?
企業の健康経営につながる背景としては、
まず「2025年問題」というキーワードが挙げられます。
3年後には人口の4分の1が75歳以上となり、医療・介護費の増大と、それに伴う現役世代の負担増が懸念されているのは周知の通りです。
企業・保険者と連携して産業保健を担う産業医のニーズは高まり、
従業員の健康課題やメンタルヘルスに柔軟に対応していくことが求められています。
森林活用の例としては、
- 企業が森林整備と社員研修を行うことで離職率が低下した
- テレワークに道普請や農山村での保養活動を盛り込むことで商談件数や契約金額・労働生産性の向上が得られた
などがあり、
産業医が関わることでさらに具体的な目標設定や評価が可能となることが期待できます。
厚生労働省の「健康寿命延伸プラン」に「森林活用」は取り組みやすい
次のキーワードは、厚生労働省の「健康寿命延伸プラン」です。
2040年までに健康寿命を3年以上延伸する計画で、企業の健康経営との連携活動です。
健やかな生活習慣形成、疾患予防・重症化予防、介護予防・フレイル対策・認知症予防を目指した「人が自然に健康になれる環境づくり」を推奨しています。
森林は、すでにその条件を満たした環境であり、すぐに利用できるメリットがあります。
そのため、そこに行動変容を促す仕掛けを組み込むだけで、
「健康無関心層も含めた予防・健康づくりの推進」と
「地域・保険者間の格差の解消」の達成が容易になることが期待できます。
日本健康会議「健康づくりに取り組む5つの実行宣言 2025」に林野庁も促進策を呼びかけ
さらに、日本健康会議は「健康づくりに取り組む5つの実行宣言 2025」を策定しました。
この宣言には、
「健康でいられる環境整備に取り組む自治体を1,500市町村以上とする」
「47都道府県全てにおいて、医療者と一緒に予防・健康づくりの活動に取り組む」
「保険者とともに健康経営に取り組む企業等を10万社以上とする」
などの宣言が盛り込まれており、私たち医療者の協力が強く求められています。
この実行宣言に対応して、林野庁の「森林サービス産業」検討委員会では、
「森林サービス産業」の促進策を2022年3月に取りまとめました。
そこでは、森林空間を活用した
「①メンタルヘルスケア」
「②多様な予防・健康サービス」
「③デジタル活用」
「④効果検証」
「⑤健康相談体制等構築」 の推進を呼びかけ、全国への普及が期待されています。
「新型コロナ感染症(COVID-19)による精神的影響」に森林浴を取り入れるのも1つ
現在無視できない話題としては、2020年からのCOVID-19感染症が挙げられます。
勤務形態の急激な変化やコミュニケーションの不足により、精神的に深刻な影響を受けた方々の問題が取り上げられてきました。
森林浴は、免疫力を高める効果とともにうつ状態を改善させることが証明されています。しかも、薬による治療のような副作用を心配することなく好きなときに好きなように楽しめるという魅力があります。
森林浴の場合、トレーニングのような運動強度は必要ないとされています。
森林でゆっくり過ごすだけで効果があるとされていますので、誰でも利用することができます。
是非森林医学の基本を学んでいただき、多くの方に実践していただきたいと思います。
さいごに
以上より、森林空間活用に関心・理解のある医師等が増えれば、
現在国策で求められている人材確保や離職防止、生産性向上、健康づくりを目標として、身近な森林環境を利用したプログラムを企画・実践することが可能となるでしょう。
現在、森林でのアクティビティは多様化し、ヨガ、アロマ、グランピング、バーベキュー、音楽会などの人気も高まっています。
健康無関心層を含め、従業員のみなさんに楽しく参加していただきながら企業の健康経営を目指していただけることと思います。
森林環境が積極的に活用されることで、みなさんが健康になるとともに、社会全体の幸福度が拡充することを願っています。
東北大学医学部卒、医学博士、日本形成外科学会専門医、日本再生医療学会専門医。東京医療センター形成外科科長、2012年に国際自然・森林医学(INFOM)認定医の資格を取得後、森林の健康効果を研究し国際的な普及を目指す。国土緑化推進機構中央事業「子供のためのESDとLH」実施、INFOM国際セミナー講師のほか国際ハンドブックの執筆(一部担当)などの実績を有する。